池辺晋一郎氏への委嘱曲



第5回(1998年度)



     題名:擬似伝説  島の起源
     詩:池澤 夏樹
     編成:独唱とピアノ



池辺晋一郎氏プログラムノート(無断転載厳禁)

擬似伝説  島の起源

「新しいうたを創る会」の活動と僕への委嘱について田中信昭さんからお話を伺ったのは、昨年の夏前だったと思う。
こりゃ、「ふつうじゃない歌」を書かねばならないなと思ったとたん、ことばのひとつの音(おん)をひとつの音(おと)に充てる、時としてまどろっこしい「ふつうの歌」ではなく、ことばのひとフレーズあるいはひとセンテンスを一音に充ててしまう方法を試みたくなった。かなり以前から考えていたものの、チャンスがなかったのだ。

常に、そのうち作曲したい詩のストックが手元にあるのだが、この方法を試みるにはある程度長い詩が必要である。短い詩では、あっという間に終わってしまう。これまで実にたくさんのコラボレーションをしてきた畏友池澤夏樹の、曲をつけるために作詞したのではない純粋詩の詩集から、一篇の長編詩を選んだ。南と海が大好きな男らしい雄大な作品だ。

「歌」というよりはっきりと「バラード」の方向を意識した。女声で演奏してもいっこうに差し支えないのだが、譚詩を聴かせていくいわば時間の幅を想うと、男声なかんずくバリトンがふさわしいように感じ、初演はその形で、ということになった。フレーズあるいはセンテンスで一音といっても、全編すべてそうなのではない。ある地点ではあえて「ふつうの方法」もとっている。ピアノは饒舌を避け、ストーリーが明確に聴き手に伝わることを願った。

オペラ、オーケストラ曲、合唱曲その他いくつもの作曲と平行し、加えてさまざまな雑務や旅も重なって、この他の完成は遅れに遅れ、田中信昭さんはじめ関係の皆さんを日々ハラハラさせてしまった。

この機会を僕に下さった「新しいうたを創る会」に感謝しつつ、他方お詫びの気持ちでいっぱいである。


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