Thomas Tallis  (1510頃から1585)

 

エレミア哀歌

エレミア哀歌


関西大学グリークラブ音楽監督 西岡茂樹

トマス・タリスThomas Tallis(1510年頃 - 1585年)は、ルネッサンス期のイギリスを代表する作曲家の一人です。

当時、音楽の中心はフランドル地方でした。それは、今のオランダ南部からベルギー西部、そしてフランス北部にまたがる地域にあたります。フランドルの音楽の影響は、そこからわずか40Km程の幅のドーバー海峡をわたったイギリスにも押し寄せていました。

ヨーロッパでは1517年にルターが宗教改革に立ち上がり、その波が大きな広がりを見せていました。イギリスにおいては、ヘンリー8世(在位1509-1547年)によりイングランド国教会が1534年に成立し、続くエドワード6世(在位1547-1553年)はそれをさらに押し進めます。しかし次のメアリー1世(在位1553-1558年)は逆にカトリックへの復帰をはかりますが、続くエリザベス1世(在位1558-1603年)は再び国教会の道へと戻します。

このように揺れ動く状勢の中で、宗教音楽もまた、ラテン語によるカトリックの音楽と英語による国教会の音楽の間を揺れ動きました。タリスもまた、ラテン語と英語の両方の宗教曲を作曲していますが、今宵、お聴き頂く「エレミア哀歌」はラテン語の作品です。

テキストは旧約聖書の中の預言者エレミアの言葉です。“預言者”とは、未来のこと予言する“予言者”とは異なり、神の言葉を預かって人々に伝える人を指します。
紀元前586年、聖地エルサレムはバビロニア帝国に滅ぼされて荒廃し、生き残った住民は1600kmも離れたバビロン(今のイラクのあたり)に連行されて約50年間もの補囚の生活を強いられます。預言者エレミアは、イスラエルの民が神との契約をないがしろにした結果だと厳しく糾弾し、エルサレムの滅亡を嘆き悲しむと共に、再び神に立ち返れと呼びかけます。

タリスの「エレミア哀歌」は、ヘブライ語のアルファベット(英語のABCDE)である Aleph 、Beth 、Ghimel 、Daleth 、 Heth で始まる5節のテキストで構成されています。そしてAleph とBeth の二つの節を合わせて第1部、残るGhimel 、Daleth 、Heth の三つの節を合わせて第2部とし、全体の始まりでは、「預言者エレミアの哀歌ここに始まる」と口上が述べられ、第1部と第2部の終わりには「エルサレムよ、エルサレムよ、立ち返れ、あなたの神、主のもとに。」との言葉で締めくくられます。

本日の合同演奏では、諸般の事情により、第1部のみを演奏致します。また、パートの編成としては、アルト・テノール・テノール・バリトン・バスという5声で作曲されているため、最上声部のアルトのパートを豊中ユース合唱団の有志(中高生)が担当し、残るテノールからバスの4声を関大グリーが分担します。
傑作の誉れ高いタリスの「エレミア哀歌」だけに、なかなか手ごわい作品です。合同練習は2回しかできませんでしたが、中高生と大学生という若者ならではの清澄な響きにより、哀歌の哀しくも美しい調べが響き渡り、聴いて下さる皆さまの心の染み渡ることを祈るばかりです。