柴田純子氏による「遠野遠音」プログラムノート


豊中混声合唱団第39回定期演奏会プログラムノートへの寄稿


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『遠野遠音』について

柴田 純子

 『遠野遠音』は1991年、柴田が75歳の年に作曲したシアター・ピースです。合唱指揮者・指導者の集まりである『創る会』の委嘱作品で、宮城県中新田町のバッハホールで初演されました。
 シアター・ピースはふつうの合唱曲と異なって、動きや視覚的な要素を含みます。合唱団のメンバーは所作をしたり、歌いながら歩いたりしますし、客席通路を含む会場全体が演奏の場となります。1970・80年代の柴田のシアター・ピースは、日本の民俗芸能や社寺芸能を素材にしたもの(『追分節考』ほか)と、大学生の合唱連盟のための作品(『宇宙について』ほか)にわかれますが、『遠野遠音』以後、一年に一曲のペースで『みなまた』『深山祖谷山』『三重五章』『府中三景』が書かれ、新しいシリ−ズになりました。このシリーズの作品は一つの地方をテーマとして、その歴史や風景を描き、民謡を歌います。その土地の民俗芸能をそのまま取りこんでいる作品もあります。
 『遠野遠音』は、柳田国男の名著『遠野物語』と東北の民謡によっています。柴田は大学生時代に柳田国男の特殊講義「日本の祭」を聴講して感銘を受けたそうで、その講義ノートは今も保存してあります。また委嘱を受けた年に、遠野に伝わる「御祝」の特殊な歌い方をテレビで知って、遠野に対する関心をいっそう深めたようです。
 曲は五つの楽章からなり、第T・U・W章はふつうの合唱曲のようにスコアの形で書かれていますが、第V章と第X章の音楽はきまった形を持っていません。作曲者が提供している民謡などの素材を、指揮者が自由に組みあわせて音楽を構成します。ですからこの二つの楽章の音楽は、演奏の度ごとに新しく生まれるのです。

第T章「山之神歌」
 まず、仕事始めに山の神を祭る歌を歌います。岩手県内陸部の大工・屋根職人に伝わる神楽起源の祝歌です。

第U章「遠野郷は」(遠野物語一)
 遠野の里の記述です。音楽は、むかしは空間的にへだたっていた隠れ里「遠野」が、今は時間的に遠ざかりつつあることを表現します。

第V章「田植踊」
 素材は旧正月の行事の一部から採られた「松前踊」と三種類の「胴歌」で、それにオクナイサマとザシキワラシの伝説の朗読が重なります。

第W章「白望の山」(遠野物語三十三)
 白望の山にまつわる伝説が歌われます。

第X章「南部馬方節と南部子守唄」
 馬方節と子守唄のコラージュで、漂白する男と定住する女の対照的な生き方を暗示します。

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