あさくら讃歌

後藤明生作詞 三善晃作曲


2018年3月4日 広島アステールプラザ 合唱団ある&豊中混声合唱団による合同演奏

1993年7月3日 ザ・シンフォニーホール 豊中混声合唱団第33回定期演奏会における演奏

 

2018年3月4日 合唱団「ある」&豊中混声合唱団ジョイントコンサートに寄せたプログラムノート

豪雨災害を乗り越える希望としての「あさくら讃歌」          西岡茂樹

私は三善晃先生の合唱作品の演奏をライフワークとして約40年間取り組んできました。「あさくら讃歌」については、上記にある1992年12月に朝倉の地を訪れ、現地の皆さんによる再演を聴かせて頂きました。素晴らしい作品と演奏で、体が震える程の大きな感動を覚えました。

そして故郷を愛し、誇りとする合唱団の皆さんとも交流させて頂き、そのご縁はその後もずっと続きました。わけても、初演後にこの名曲を歌い続けるために「あさくら讃歌合唱団」を結成し、その代表をされている坂田啓明さんは、私が関西で「あさくら讃歌」を演奏する度に、合唱団のメンバーと実施した「朝倉ツアー」のツアーコンダクターを買って出て下さり、本当にお世話になりました。

さて、昨年7月5日から6日にかけ、九州北部地方で記録的な大雨が降り、福岡県朝倉市や大分県日田市等で大きな被害が出たことはご承知の通りです。両県では、死者40名、行方不明者4名、家屋の全半壊や床上浸水など、甚大な被害が発生しました。

すぐに坂田さんに連絡をとると、なんと「あさくら讃歌合唱団」のメンバーのお一人も、濁流で家を流され、お亡くなりになったとのことでした。テレビや新聞等で報道される映像を見ても、それは恐るべき大自然の猛威でした。

豊中混声合唱団の第57回定期演奏会が同月の7月22日にあったので、被害の写真などもホールに掲示し、募金活動も行いました。しかし、その後、マスコミでは朝倉のことはほとんど報道されなくなりました。また周囲を見渡しても、朝倉のことを心にとめている人があまりにも少ないことに愕然としました。そして、朝倉とのご縁があった私たち自身が、小さな力ではあるけれど、少しでも多くの方に朝倉のことを伝えようと思うに至りました。それが、「ある」の皆さんの賛同を得て、本日の合同演奏として実現した次第です。

例によって、「ある」と豊混の有志が昨年の11月に朝倉ツアーを実施し、坂田さんのコーディネートにより、「あさくら讃歌合唱団」の方が自家用車数台を出してくださり、丸一日かけて、朝倉の地を案内して下さいました。そのことについては別稿をご一読ください。

三善先生は、この曲の他にも、宮城県の奥地にある「中新田町」(現在は町村合併により加美町)でも、東北の縄文をテーマにした合唱作品、芸能作品を書いておられますし、長野県の松本でも太鼓作品を書いておられます。いずれも圧倒的な燃え上がるエネルギーに満ちた素晴らしい作品群です。

かつて、三善先生は仰いました。≪地域に固有な「言語」こそが聴き合わされる≫≪世界は辺境で満ち満ちた時に、豊かに平和になる≫と。

グローバリゼーションが進展し、画一的で異様なグローバルスタンダードが地球を覆う今、その対極にある多様な文化、多様な価値観が共存する豊かな世界の大切さが見直されつつあります。

三善先生の願いは、第二次大戦時の悲痛な体験がその源流にありますが、それは現代社会への痛烈な警鐘でもあると思います。本日の「あさくら讃歌」の上演は、その思想とも呼応したものでありたいと願っています。

なお、諸事情により、本日は、第4楽章「エロスとタナトス」と第6楽章「秋月の思い出」を割愛した形で上演いたしますが、「あさくら讃歌」の魅力は十分、ご満悦いただけると思っています。

1993年7月3日 豊中混声合唱団 第33回定期演奏会で「あさくら讃歌」を演奏した際に三善先生から寄せられたメッセージ

あさくら讃歌 -天地を結ぶ-                      三善晃

 1992(平成4)年5月の植樹祭に合わせ、地域文化の新しいかたちをと、甘木・朝倉広域市町村圏の合唱団有志の方々(代表・鞭幸枝さん)と市町村圏が一体となって制作した。

テキストは朝倉出身の後藤明生さん。八編の詩の第四編のあとに宮崎湖処子作詞(皇后陛下作曲) の≪おもひ子≫が挿人され、第三編のなかに近藤思川作詞(山田早枝作曲)の≪菜の花の国≫、第四編には謡曲≪綾鼓≫が引用されている。散文体を基調に語りも韻文もあり、全編を通じ甘木・朝倉の歴史・風土・言語・習慣が描かれ、郷土愛と未来への思いが表現される。

おそらくそれらすべては〈樹霊あるいは地霊の物語〉でもあろう。ただし〈物語〉はいま生きていて、語られることが目の前で起こる。つまり私たちは甘木・朝倉の樹霊あるいは地霊と言葉を交わし、ともに古処山頂から筑後川流域のパノラマを楽しんだり、する。

それで、合唱に笛と三本の和太鼓を加えた。笛と太鼓は樹霊あるいは地霊の言魂であり、その現存在を表す。合唱は詩句を歌うばかりでなく、笛、太鼓とともにこの世界の奥行きを描きもする。そうして展開する八編の絵巻を語りが綴る。語りは叙述のためだけではなく、合唱の呼吸とは異なった速度の感情、異なった視覚の俯瞰、異なった聴覚の契機を糸として、八編を縫い紡ぐ。≪おもひ子≫と≪菜の花の国≫は原曲の旋律に基づいて編曲した。

初演(5月10日・甘木文化会館)は、合唱に朝倉高校音楽部のほか地元7団体、笛に赤尾三千子さん、太鼓に高橋明邦さんほか2名、謡曲に宝生流の山下一馬さん、語りを私、以上の指揮を田中信昭さんという出演で行い、植樹祭に臨席なさった天皇皇后両陛下も来聴された。(同じ出演で12月13日に再演)。

地域社会の制作だが、天と地を結ぶ一つのハレルヤとして、西岡茂樹さん指揮の豊中混声か採り挙げて下さったことを感謝したい。甘木・朝倉の方々も喜んで下さるだろう。