ぼく プログラムノート


《淵の奥から、そして、淵の奥へ》

三善晃

創立50年を迎え、第30回演奏会を東京で開かれる豊中混声合唱団に、心からお祝い申し上げます。

昨年の第29回演奏会で、拙作《五つの願い》を指揮して下さった西岡茂樹さんが、今回は《ぼく》を採リあげて下さるというので、豊混・西岡のパースペクテイヴのなかを《ぼく》がどのように歩んで行くのか、本当に楽しみに、いや、本当はドキドキする想いで、見届けたい。

《ぼく》が歩む虹の両端は、深く無明の淵の奥で結ばれてい、
私たちに見えるのは、ほんのわずかな、
うたかたの鏡像としての虹に過ぎないのでしょうが、
そして《ぼく》は曲の後半では、目を見開き、目を結んで、
その鏡のなかに、なにかを求めて入って行ってしまうのですが、
その、なにかがある深く無明の淵の奥の
その深さのために、その無明のゆえに、
また、そのなにかが、なにであるかも解らないことのために、
生がうたかたであることは、なんと美しいのであろう!
生がはかないことは、なんと確かなのであろう!
生がかりそめであることは、なんと重いのであろう!
ドキドキする想いで、聴き届けたい。
豊混・西岡のパースペクティブのなかで、
《ぼく》の歩みが描く、その美しさと確かさと重さが、
皆きんの心の呼吸としてどのように立ち現れるのか。
それが淵の奥に届こうとして、どのように遠のいてゆくのか。

 (桐朋音楽大学学長・作曲家)

 

第30回豊中混声合唱団定期演奏会(1990年) プログラムより