風がおもてで呼んでゐる


風がおもてで呼んでゐる

萩京子

谷篤・谷潤子夫妻の委嘱により、ソプラノとバリトンのための二重唱曲として作曲され、1991年1月31日、東京・日暮里サニーホールにて、『馬』『林と思想』『風がおもてで呼んでゐる』『丁丁丁丁丁』『まなこをひらけば四月の風が』の5曲が初演されました。『電車』は1991年12月5日、生活クラブ生協・神奈川創立20周年記念公演・音楽劇「宮澤賢治冬季大運動会」(横浜・関内ホール)で初演。そして『かはばた』を加えた7曲が、谷夫妻により1992年2月28日に再演され、組曲のかたちが定着しました。

原曲はピアノ伴奏で書かれていますが、曲によっては、時に応じ、ヴァイオリン、クラリネット、チェロなどを加えた演奏も行われたことがあります。しかし、2001年に西岡茂樹さんからの依頼で全曲クラリネットヴァージョンが完成しました。

(萩京子個展プログラムより転載)

西岡茂樹

上記のような経緯で完成した「風がおもてで呼んでゐる」のクラリネットヴァージョンは、これまで女声合唱や児童合唱で演奏してきたが、この度、ふと少人数の男声合唱で歌ってもおもしろいのではないかと思いついたので、萩さんにご相談したら、「いいんじゃないですか」ということになった。

やってみると、なかなか味わい深い。当たり前と言えば当たり前であるが、男としての賢治の匂いがするのだ。クラリネットの音域もそのまま男声の音域と溶け合い、時々、声なのかクラリネットなのか錯誤に陥るくらいだ。これなら、十分、新しい演奏ヴァージョンとして定着するのではないかと思う。

曲は、東北の美しくも厳しい自然の中で懸命に生きる人々の営みを、時にはユーモアさえ交えながら描写した後、やがて賢治が病に倒れ、病床での幻覚を経て、ついに精神が肉体から解き放たれ、透明に輝き始めるまでの時間が歌われている。
賢治の生き様と精神世界が会場に展開することを祈りつつ。

(2008年6月20日 法関交歓演奏会プログラムノート)