まどさんのまなざし
『はっぱと りんかく』 プログラム・ノート


  萩京子

 まど・みちおさんは、やさしいことば、やさしい語り口で、一枚のはっぱから宇宙を描き出す。そのまなざしはとてもやわらかく、そして鋭い。
 「リンゴ」を練習しているときに西岡さんがおっしゃった「なにもつけ加えることなく、なにも差し引くことのできない」あるべきかたち。わたしたちの表現はそこへ向かいたい。

 はっぱにはかたちがある。でもまどさんは、はっぱの「かたち」ではなく、「りんかく」に目を向けた。「りんかく」は存在の境界線だ。「はっぱ」と「くうき」のさかいめなのである。ことばが分け入ることの困難な領域にまなざしを向けていく。そして「はっぱ」ということばをつむぎ出したにんげんの行為を見据える態度。
 ひとひらのさくらのはなびら。はなびらは「落ちてくる」のではなく地面に「たどりつく」。それはおわりであり、すべてのはじまりでもある。だから「もうすんだとすれば」これからなのだ。すべてさかさま。これはシェイクスピアの『マクベス』のなかで魔女たちが語る「きれいはきたない、きたないはきれい」と同じ。
 「リンゴ」の大きさはりんごそのものを満たすと同時に、りんご以外のすべての空間の存在を証明する。そんなことをほとんどひらがなだけの86字で表せることのすばらしさ。

 「せんねん まんねん」は魔法のような詩だ。時空を超えて思いっきり遊んでいるような気持ちになる。人間なんてまだまだだよ。とヤシのみが言っているようだ。崇高で深遠な、しかし心が踊るような歌をめざして。

2005年6月 ハイマート&フリューゲル ジョイントコンサート 委嘱初演