混声合唱とピアノのための「大地はまだ」


「大地はまだ」は4曲からなる組曲であるが、最初に、BGMビクターが企画したCD全集『新・合唱講座』のために「五月の風は…」(組曲の2楽章)と「日々あたらしく」(組曲の4楽章)の2曲が作曲され、後に、湘南市民コールからの委嘱により「冬はあまりに」(組曲の1楽章)と「大地はまだ…」(組曲の3楽章)の2曲が作曲されて、全曲が完成。1996年2月に初演されている。

テキストは、新川和江さんの4編の詩である。新川和江さんは1929年に茨城県に生まれ、17歳で結婚して上京後、若くしてその才能を認められ、その後、数々の賞を受賞し、戦後を代表する日本の女性詩人の一人となった。 女性ならではのしなやかで柔らかい感性でもって、女として、母として生きることに根ざして綴られる詩は、まことに豊かで力強い。巧みな比喩による表現も特徴と言われ、今回の4編の詩においても、見事な比喩でもって人と自然の関係が描かれている。 83歳になった今も活発に活動を続け、産経新聞の朝刊一面に掲載される『朝の詩(うた)』の選者も長く務めている。90歳を超えて詩作を始めた柴田トヨさんに光を当てたのも、この『朝の詩』である。

作曲の鈴木輝昭さんは、「人と自然の豊かな関わりを謳歌するとともに、言葉の背後に息づく人間の原風景への郷愁を掬いとろうとした」そして「人と自然、人と宇宙、そしてそれらを取り巻く深く大きな摂理に感応し、共鳴していくことはささやかな祈りでもあり、またそうして幻想を私は思い抱く」と書かれている。

そしてその言葉の通り、新川和江さんの深い抒情を湛えた素朴な詩に寄り添うように作曲されており、超絶技巧を要求される鈴木先生のいつもの作風とは打って変わって温和である。

自然は人を育み、また時には人に牙を向ける。東日本大震災でも、人々を育んできた海が人々を飲み込んだ。しかし東北の漁師たちが、再び海へと向かうように、人は自然の懐への回帰を願わずにはいられない。

大震災の苦難を経た今、あらためて人と自然の豊かな関わりを、100名の若者の声と心で歌い交わしたいと思う。

客演指揮 西岡茂樹