アルモニ・レジュイ 第10回コンサート ブログラムノート


Program Note

西岡茂樹

1.三つのAve Maria

キリスト教、わけてもカトリックにおいては、キリストの生母であるマリアへの信仰はたいそう熱いものがある。そして古今東西の数多の作曲家が様々なマリア賛歌を書いているが、Ave Mariaは、その中でも最も有名な曲だろう。  今日、歌われる3曲はフランスのFaure、オーストラリアのHamilton、そしてハンガリーのOrbanの作曲によるもので、異なった作風にも関わらず、いずれの曲もマリアへの思慕や憧憬に満ち満ちており感動的である。

2.みやこわすれ

野呂昶さんと初めてお会いしたのは十年程前に豊中混声合唱団が「銀の矢ふれふれ〜縄文賛歌〜」を委嘱初演した時である。優しくて温かく、繊細で素朴なお人柄がそのまま詩に滲み出るのであろうか、今回の、4種の花の名が付された詩もまた、野呂さんならではの味わいに満ちている。  一方の千原英喜さんは合唱界で絶大な人気を誇る作曲家である。古今東西の様々なテキストを縦横無尽に駆使されて独自の作品を書き続けておられるが、今回の野呂さんのような抒情的な詩をとりあげられることは、あまりないように思う。しかし歌ってみて、このような小品においても、その筆は冴え渡っており、さすがと何度も唸らされた。
曲は、懐かしい日本の原風景とそこに生きる人々の心象風景が描かれるが、それは今を生きる私達が忘れかけている大切な何かを気付かせてくれる。きっと日本の女声合唱のスタンダードになるに違いない。

3.懐かしいイギリスのうた

イギリスは合唱王国と呼ばれる程、合唱が盛んで、素晴らしい作品や合唱団が数多く存在するが、その源流には、教会音楽の長い歴史と共に、昔から民衆が育んできた魅力的な旋律を持つ民謡、歌謡があると思う。それらの多くは明治時代に日本に輸入され、日本の近代音楽の源流にもなっている。  

「スコットランドの釣鐘草」は、元の詩では、美しく咲く釣鐘草を見ては、戦争に行った恋人を思い、その帰りを待つ女性の心境が歌われているが、日本に輸入された後は、様々な邦訳がなされている。今回の訳には、戦争の影はないが、日本でも戦時においては忠君愛国の歌詞で歌われたという。

「埴生の宿」は、1823年、イギリスのHenry Rowley Bishopによって作曲された。原題「Home! Sweet Home!」。邦題の「埴生」とは「土で作った粗末な家」のことで、貧しいけれど楽しい我が家!との意か。映画『ビルマの竪琴』で、日本兵とイギリス兵が戦場でこの曲を合唱するシーンは感動的。  

「グリーンスリーブス」は、16世紀頃に成立したイングランド民謡。「緑の袖」にはいろいろな意味や解釈があるようだが、ここでは愛する女性の呼称ということにしておいて、ロマンチックで切ない愛の歌となる。  

「春の日の花と輝く」は、アイルランドの古謡にThomas Mooreが作詩したもので、たとえ年を重ねてあなたの美しさが色あせるとしても、私は永久にあなたを愛し続けます、と情熱的に歌われる。  

「ロンドン橋」は、ロンドンのテムズ川に架かる橋で、長い歴史の中で洪水や火災などで何度も倒壊したことから、このような民謡が生まれたと言われる。マザーグース・ナーサリーライムを代表する実に楽しい歌だ。

4.マンモスの墓

日本合唱界の金字塔である間宮芳生作曲「合唱のためのコンポジション」シリーズの中の1曲。マンモスは自分の巨体を維持するために、寝る間も惜しんで大量に食べ続けなければならない。だからマンモスは大きくなればなるほど、睡眠時間がますますなくなり、その結果、寝不足になって滅んだのだよ、という実に他愛のないユーモラスなストーリーである。しかし実はこの話には隠喩が潜んでいる。

間宮氏は次のように書いている。「人間自身自然の一部なのだということを私達は忘れがちになっている。だから解っていて自然破壊をなかなかとどめ得ないでいる。心の中の自然がこわされては、人間はこの環境問題をのり越えられないだろう。――どうしよう、もっと食べよう…。こうして「マンモスの墓」の詩ができた。」 つまり、マンモスとは現代の“人間”? 私達も文明という名のエサを貪欲に食べ続けて、やがて…。このアイロニーを子供たちに歌わせるという仕掛けが実に憎い。そしてステージは最終章の「森の人々と共に闘う」へと展開する。

5.森の人々と共に闘う

「生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)」が今月の11日から昨日の29日まで、名古屋で開催された。人間の自然環境破壊により、何と、今では1日あたり100種もの生命が絶滅していっているという。そのスピードをなんとか減速させようと各国は手を携えたが、残念ながら、まだあまり実効はあがっていない。  

生命の宝庫である熱帯林の破壊は猛烈な勢いで進行している。CO2が増加し、地球の温暖化が進み、そして多くの種が失われ続けている。また太古の昔から熱帯林を生活の場とする諸民族にとっては、生存そのものに関わる大問題だ。  池辺晋一郎氏はこのような社会的テーマによる合唱曲をたくさん書いておられるが、この曲は、女性活動家フランカ・シュートさんが1991年に毎日新聞に寄稿した文章がテキストに使われている。  

フランカ・シュートさんは言う。「熱帯林の破壊は、まちがいなく、世界がこれまで直面した最大の脅威。それは核戦争の脅威と並ぶほどの危機だ。」  その文章が紙面を飾ってからすでに十年が経つが、人類は有効な手立てを打てないままでいる。そして今、自然は、異常気象をはじめ、はっきりと目に見える形で人類に牙をむいてきている。  

今日、未来を担う若者たちと共に、人生の大先輩、アルモニ・レジュイの皆さんは、合唱を通じて、この問題に正面から向き合う。「子どもたちに、よりよい世界を残すことを望むなら、価値観と物事の優先順位を見つめなおして、私たちの行為が世界とどう影響しあっているのかを考えるべきだろう」というメッセージが聴いてくださっている皆様の心に届くことを、そしてこの小さな輪が波紋を呼びおこして広がっていくことを祈りながら。

(2010年10月30日)