合唱界のビッグバン「宇宙になる」、見参!

西岡茂樹


新実先生がはじめて豊混の定期演奏会を聴きに来て下さったのは、2004年7月の第44回定期、その時の演奏曲目は、竹内浩三の詩による「骨のうたう」であった。この曲は、2002年11月、栗山文昭指揮の合唱団 響 により東京オペラシティで初演されたもので、いつものようにノコノコ聴きに出かけていた私は大きな衝撃を受け、是非、豊混でやらせてほしいと新実先生と栗山先生にお願いして楽譜をいただいたのだった。結果的に、それがご縁となり、今回の委嘱につながったように思う。

その後、「骨のうたう」は全日本合唱コンクールでも歌い、金賞を頂いた。また2007年には、同じく新実先生の「常世から」を、Tokyo Cantat、第47回定期演奏会、全日本合唱コンクールで歌い、コンクールの演奏は新実先生にも聴いて頂くことができた。

この2曲は、いずれもたいへん高度な技術力と強靱な精神力を要求される曲であり、苦労の連続であったが、その経験を通じて、あらためて新実先生の音楽の凄さを思い知らされた。見事なヘテロフォニーの技法、強靱な構築力、そこに流れる情念の巨大なエネルギー、それらがガウディの建築物の如く屹立しているのだ。
そして、私達は、苦労することを覚悟の上で、この類い希なる作曲家に、是非、豊混ならではの曲を書いて頂きたいと願い、幸いにして新実先生はそれを聞きとどけてくださった。

私たちからお願いしたことは「愛」を歌いたいということだけ。後はすべてお任せしたのだが、まさかそこに和合亮一先生の詩が選ばれるとは夢にも思わなかった。

しかし、一見、シュールな印象の和合先生の詩は、よくよく味わってみると実に熱く深く豊かであり、そこには大きな愛が透けて見える。新実先生は「縄文」と呼ばれたが、確かに東北の地で生きる和合先生には、生きとし生ける者への大きな愛を抱く縄文の精神が息づいているに違いない。それは二年前の初演演奏会でお会いした時、確信したことだ。

ご本人の全身からは強烈な「気」が発せられ、それでいて骨太で愚直、飾り気がなく、とことん優しいお人柄は、印刷された文字からだけでは読み切れなかった言葉の血と肉を実感させるに余りあるものがあった。
今回も改訂版初演のお知らせをしたら携帯にお電話をいただき、「できたら大阪と東京の両方に行きたいのですが、いいですか? 皆さんともまたお会いしてお酒も飲みたいし…」とのお申し出をいただいた。そのお志をありがたく頂戴し、演奏会では詩の朗読をしてくださる予定である。その肉声に触れた時、きっと体中の血が沸き立つに違いないだろう。

そんな和合先生(酒呑みというのが最大のポイントか?)に惚れた新実先生もまた、同じ世界の人であり、初演を聴かれた後、第3楽章の「宇宙」に手を加えたいとお申し出をいただいた。そして今年、改訂版の楽譜を頂戴し、またまた新実先生の凄さを痛感したのであった。

幸いなことに、今回の演奏会に合わせて、音楽之友社から楽譜が出版されることになった。この類い希なるビッグバンのような曲が、合唱界に殴り込みをかけ、それに痺れた人たちがこの曲の輪を広げていってくれることを切に願っている。