イギリス合唱音楽の精華

西岡茂樹


豊混は日本の合唱曲を核に据えて活動しているが、日本の作品の何たるかを知るためにも、活動の二〜三割程度は諸外国の合唱曲に取り組むようにしている。昨年はフィンランドの Kuula や Rautavaara の作品に取り組んだが、今年は久々に合唱王国イギリスの John Rutter(1945-) のアンセムに取り組んでみた。


第50記念のオープニングを飾る曲として選んだのはCantate Dominoである。これは、詩篇 96 の テキスト“主に向かって新しい歌を歌え”による華やかで喜びに満ちた祝祭的な曲である。

曲の最初と最後の部分にラテン語で「Cantate Domino canticum novum」が歌われるが、残りの詩篇は英語で歌われるため、その音色やニュアンスの対比が曲を多彩にし、奥行きをもたらしている。

また曲の最後のあたりで、有名な聖歌である「Veni Creator Spiritus(来たり給え、創造主なる聖霊よ)」が挿入される。これは、9世紀の聖職者ラバヌス・マウルスによって書かれたもので、ペンテコステ(聖霊降臨祭)を記念する聖歌である。

Rutterは聖歌の各句の最後の一音にのみオリジナルの和声を導入して神秘的な色彩を付加することにより、古来の聖歌を生かしつつ、自らの作品の中に組み込むことに成功している。

その瞑想の後に、冒頭の華やかなフレーズが甦り、圧倒的なフィナーレともっていく技量はさすがRutterと唸らせるに余りある。


「Hymn To The Creator Of Light」は、ロンドン北西部のコッツウォルズ地方にあるグロスター大聖堂において、作曲家Herbert Howellsを記念したステンドグラスの壮大な窓が1992年に造られた際に献納された曲で、二群の混声合唱のための無伴奏合唱曲である。

Herbert Howells(1892-1983)は、グロスターシャーの生まれであり、少年の頃、グロスター大聖堂で音楽や詩の手ほどきを受け、後には英国王立音楽大学Royal College of Musicで学んだ。Howellsは、作曲家としてのみならず、オルガニスト、教師としても多彩な活躍をし、多くの20世紀のイギリスの音楽家に影響を与えたとされる。

とりわけ教会音楽を数多く作曲しており、ケンブリッジ大学キングス・カレッジやセントジョーンズ・カレッジの聖歌隊などの重要なレパートリーとなっている。その活動は、同じケンブリッジ大学のクレア・カレッジで学び、後に教鞭をとったRutterとも接点があり、Rutter自身が「Howellsとは晩年に親交があり、彼の作品をこよなく愛した」と述べている。Howellsの功績を称えるためにこの曲を献納したというのも当然の流れだったのであろう。

テキストには、エリザベス朝の聖職者Lancelot Andrewes(1555-1626)の詩とドイツの詩人Johann Franck(1618-1677)の詩をイギリスの著名な翻訳家Catherine Winkworth(1827-1878)が美しい調べに英訳したものの二つが使われている。いずれの詩も「光・Light」がテーマの中心となっており、また、Andrewesの詩は「Light」で終わり、Franck= Winkworthの詩は「Light」で始まっており、二つの詩を「Light」という言葉が接合している。言うまでもなく「Light」とは、神の存在を象徴している。

完成したグロスター大聖堂の壮大なステンドグラスから射し込む光を浴びながら聖堂に鳴り響くこの曲を聴いた時、光の創造主である神の存在を誰もが確信したに違いない。

曲は、「静−動−静」の三部構成になっており、最初の「静−動」の部分にAndrewesのテキストが、そして最後の「静」の部分にFranck= Winkworthのテキストが使われている。また最後の部分においては、ドイツの作曲家Johann Cruger(1598-1662)が作ったコラール「Schmucke dich, O liebe Seele(愛する魂よ 自ら飾れ)」が引用されており、神への賛美と深い祈りで曲が閉じられる。