伊勢物語


伊勢物語←クリックで拡大

解説

本日、最後の曲は藤井凡大作曲「伊勢物語抄」です。 指揮者だった作曲家は日本古来の5音階を駆使し、大変、美しい一曲に仕上げています。

さて、曲の題材となっている「伊勢物語」は、日本最古の「歌物語」と言われ、9世紀から10世紀頃かけて成立したと言われています。 全部で125ものさまざまな物語で構成されており、それぞれの中に一首以上の「和歌」が必ず入っています。 作者は定かではありませんが、六歌仙の一人、在原業平(ありわらのなりひら)らしき男の一代記のようにも読めるため、業平本人または縁のある人によって書かれたと考えられています。 今から演奏する藤井凡大さんの曲は、その中から3つ物語を取り出し、作曲されたものです。

1曲目は「初冠り」(ういこうぶり)。成人式を終えたばかりの男が、奈良の春日(かすが)の里に狩に出かけ、そこで美しい女性に出会いました。「やった」とばかり、男はすぐに衣の裾を切り、それに和歌を書いて送ったという、なんとも行動派の若者のお話です。

2曲目は「東下り」(あずまくだり)。「東」とは関東以北のことを指しますが、当時は、日本の外、つまり恐ろしい異郷の世界と考えられていました。そこへ男が流浪の旅をするという話ですが、この男こそが在原業平と考えられています。業平は、当時、権勢を誇る藤原家の娘、高子(たかいこ)に恋をしますが、結局、高子は政略結婚させられ、天皇の后になってしまいます。業平は、失意のうちに都を離れ、東へ落ちていく先々で、都のことを思い出しては悲しみに暮れるというお話です。

最後の3曲目は「筒井筒」(つついづつ)。「筒井筒」とは周りを囲った井戸のことです。幼い頃、井戸の周りで一緒に仲良く遊んでいた男と女が、やがて大人になり、ついに男が胸のうちを打ち明けて歌を送ると、女もまた返歌で結婚を承諾するという、なんとも微笑ましいお話です。

それでは、しばし古代の男女の恋の世界に身をゆだねて、どうぞゆったりとお楽しみください。 ややもすると、今を生きる私たちが忘れがちな男女の心の機微を、思い出させてくれるかもしれません。