混声合唱のための「原爆小景」より 曲目紹介

林光氏の代表作「原爆小景」は、「1 水ヲ下サイ」、「2 日ノ暮レチカク」、「3 夜」、「4 永遠(とわ)のみどり」の4曲から成る。テキストはすべて原民喜の詩である。

林氏は、2003年4月20日、[完結版]として全音楽譜出版社から出版された楽譜に次のようなノートを寄せている。

「『原爆小景』の作曲者は、この作品を27歳で書きはじめ、今年の夏、69歳半ばに完成した。すなわち、この作品は作曲家としての、現在までのほぼ全生涯にわたって書きつがれたものである。
 1958年、27歳のときに書いた「水ヲ下サイ」は、部分的に無調風の経過句があるとはいえ、主要部分では変ロ短調の調整が確保されている。

1971年に完成した「日の暮レチカク」「夜」では、作風が一変して、トーンクラスターおよび<音列作法によらない>自由で不規則な無調音楽とが混在するが、能(謡曲)の音楽に似た五音音階がそこへ介入して抽象化を押し止め、絵巻物的地獄図として定着されている。ヒェロニモス・ボスやピカソ(「ゲルニカ」)のように。

そして今年2001年に作曲された「永遠(とわ)のみどり」では、ふたたび調性の世界があらわれる。
ゆたかなグレゴリオ聖歌の模倣からはじまるこの章は、けれども「水ヲ下サイ」への単なる回帰ではなく、反転する色彩=補色を用いたひとつの乗り越え=止揚である。」

広島そして長崎に原爆が投下されて60年を経た今年、そしてあらためて核の危機が叫ばれる今、不朽の名作の誉れ高いこの曲を、合唱人として歌えることにささやかな誇りを感じる。

4番の「永遠(とわ)のみどり」では《ヒロシマのデルタに若葉うずまけ/死と焔の記憶によき祈りよこもれ》と歌われるが、林氏は3番を書き終えてからこの曲をずっと書けないでいた。あるいは一度、書き終えたものも破棄した。それほどまでに世界の情勢は厳しかった。しかし30年の歳月を経てついに[完結版]が完成した。その苦悩と深い祈りが一つ一つの音に滲んでいる。

今宵は諸事情により1番と4番のみの演奏となるが、そのことにより林氏の出発と帰結が「反転する色彩」として鮮やかに提示されることを願っている。

なお、豊中混声では、これまでに1977年に「水ヲ下サイ」、1982年に「夜」を、いずれも須賀敬一氏の指揮により全日本合唱コンクールで歌っている。したがって本日の演奏会後は、ただ一曲「日ノ暮レチカク」が豊混としてやり残した形となるが、これを加えて、いつか全4曲を連続して演奏してみたいと思っている。

その時は、やはり今日のような危機感を伴った演奏になるのか、それとも核の脅威、戦争の不安が地球から一掃され、叡智ある人類へのオマージュとして演奏できるか、今の私には想像がつかない。

2005年7月2日 豊中混声 第45回定期演奏会 西岡茂樹