「詩の歌」プログラムノート


平易に深く生きる

毎年、夏になると全国の合唱愛好家が宮城県の中新田町に集ってくる。作曲家にお願いして書いて頂いた新しい合唱曲を、田んぼの中に浮かぶように建っているバッハホールで4日間、合宿をしながら練習し、そして最終日に初演するのである。
「創る会」と名づけられたこの活動は、今年で11年目を迎え、日本の合唱界に投じられた一石は、確かに新しい波紋を引き起こしている。
さて、3年前、金房さんと共に参加した第8回「創る会」は、まどみちおさんの詩による三善晃先生の「詩の歌」の初演であった。
『平易で深い歌をとうとう書く時が来た』と仰った三善先生のお言葉は、全8曲の混声合唱のア・カペラに結晶していた。
初演演奏会が終わった時、金房さんも私も大きな感動の渦の中にいたが、興奮気味に「女声合唱でも歌いたい、編曲して下さらないかしら・・・」と呟いた彼女に「賛成! この曲なら女声のソノリティはきっと生きる。お願いしてみたら?」とけしかけたのが、思い返せば、今日の苦悩の始まりであった。
千載一遇のチャンスに恵まれ、ついに楽譜を頂戴したのが昨年の夏のこと。譜面を開くと、なんと三善先生は初の女声ア・カペラに挑戦して下さっており、まずは大感激したのだが、しかし落ち着いてよくよく見てみると、そこにはとても歯が立ちそうもないような、恐ろしい譜面が広がっていたのである。
夏の暑い午後であったが、その時の身震いしたような感覚は、今も鮮やかに覚えている。「凄い楽譜をもらってしまった・・・」と。
以来、ヴォア・セレステの皆さんと悪戦苦闘すること十ヶ月。苦悩と喜びとそして再び突き放される絶望の間を、何度も行ったり来たりしながら、ついに初演の日を迎えることと相成った。
では、その困難とはいったい何だったのか。よくよく考えて見ると、結局は「平易に深く生きる」ことがいかに困難であるか、ということではなかろうか。
まどみちおさんの「平易で深い歌」は、まどさんの生き方そのものだろう。瞬間であり永遠、そしてゼロであり無限大。宇宙そのもののような歌、そして愛。
三善先生の音の広がりと陰影がそれらを映したものであるのなら、その演奏は容易であろうはずはない。
歌うたびに、棒を振るたびに、「そんな風には生きられないよなあ・・・」などと溜息をつきながら、でもそのことに触れることができた幸せにちょっぴり心弾ませながら練習してきた成果、どうぞ聴いてやって下さい。
客演指揮者 西岡 茂樹