「宇宙への手紙」プログラムノート

混声合唱組曲「宇宙への手紙」

青森県の五所川原合唱団の委嘱により作曲され、1994年の第28回定期演奏会において初演された。
「渇き」、「あはは」、「ふるさとの星」の3曲からなる組曲である。
作曲の意図について、三善晃氏は出版譜のノートにこう記している。

 三篇に流れる主題は「生命」。
この地上のあらゆる生命が生命として呼吸すること、そしてその鼓動を互いに確かめ合うことが、もう、決して容易いことではなくなってしまった。一滴の水に含まれていたはずの思想も愛も神も、水とともに、もはや生命の渇きを癒してはくれない。だからこそ、ただ一滴の、見えない水が欲しい。その水も花びらとともに落ちてしまった。たった一人の子供と、誰も聴くことのできない笑い声を残して、すべてが消える。それでも猶、私たちは生命のよみがえることを祈らないでいられない。その祈りは、だから、絶望のあとでしか祈ることのできない祈りなのだ…。

昨年の11月末の全日本合唱コンクールで、私たちは第1楽章の「渇き」を歌った。この曲には、私たちの強い共感が存在していた。つまり「渇き」こそが私たちの歌う「理由」。
その歌声は聴いて下さった方の共感を呼んだようであり、金賞という賞まで付いてきた。私たちの歌が生んだ共感は、今日、「渇き」が人類の普遍的な感覚として痛切に実感されていることの証明でもあったのだろう。
しかしその後の僅か半年余りの間に起こったコソボの悲劇やインド・パキスタンの緊張を眼前にした時、あらためて「くりかえしやまぬ歴史」の重みを思い知らされ、焦燥感はつのるばかりである。
世界のあちこちで火種は燻っている。そして私たちの身辺もまた例外ではない。
悲鳴をあげているのは人間だけではない。現代文明がもたらした生命の危機は、自然界のすべてにまでおよんでいる。
この組曲では第2楽章ですべてが消える。「ピアノは、地球が消える瞬間に響くだけだ。それは、消える地球のひび割れる心臓の音」。
そして、最終楽章で、生命のよみがえりへの祈りが歌われるが、今、私たちはこの曲を歌うために必要な勇気と力を容易には持ちえない。かすかな望みは、悠久の時の流れのなかで、生命のよみがえりを育んできた奇跡の星、地球の存在と私たちの胸に宿る「あこがれ」。

「憎しみも喜びも終わらぬままに 沈黙の大地にいこう」
「せめぎあう人の住む故郷 我がふるさとの星 地球はみどり」

谷川俊太郎氏が涙の海からすくいとったこれらの詩句を、今宵、私たちはどこまでの覚悟をもって歌い得るのか。ステージ上で格闘する私たちの姿が、その答えとなるだろう。
私たちのメッセージを包んだ手紙が宇宙へ配達された時、宇宙の摂理が少し振動して、地球のあちこちの「渇き」を潤す一滴の水をもたらしてくれたら、少しは幸せな気持ちになれるのだけれど…。

常任指揮者 西岡茂樹